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静岡地方裁判所浜松支部 昭和62年(ヨ)116号 決定

主文

一  債務者は、この決定送達の日の翌日から五日以内に別紙物件目録記載の建物の外壁に設置した國領屋一力一家と表示する文字板及び山口組を表象する紋章を仮に撤去せよ。

二  債務者は、同目録記載の建物の外壁に國領屋一力一家を表示する文字板及び看板等又は山口組を表象する紋章、文字板及び看板等を設置し、同建物内において國領屋一力一家の定例会を開催し、同建物内に國領屋一力一家の構成員を集合させる等して同建物を國領屋一力一家の組事務所として使用してはならない。

三  債権者らのその余の申請をいずれも却下する。

四  申請費用は、債務者の負担とする。

理由

一本件仮処分申請の趣旨及び理由は、別紙不動産仮処分命令申請書記載のとおりであるが、その要旨は、「債権者らは、従来から別紙物件目録記載の建物(以下、「本件建物」という)の周辺地域に居住して平穏に生活をしてきた一般の住民であるが、広域暴力団山口組傘下の「國領屋一力一家」(以下、「一力一家」という)の組長である債務者が近時本件建物を建築し、これを一力一家の組事務所として使用するに至つたため、同組の構成員らによる犯罪行為や他の暴力団との対立抗争に伴う種々の危害の発生等、日常生命・身体・財産等に対する危険に晒されることになり、深刻な不安と危険に怯えながら生活しなければならなくなつた。そこで、債権者らは、債務者が本件建物を一力一家の組事務所として使用することに反対して住民運動を展開していたところ、一力一家の構成員らは、反対派住民宅を襲撃したり、同住民側代理人の弁護士を刺傷する等の暴挙を敢行した。かように、一力一家は暴力団としての実態が明白であり、その構成員らが今後も債権者らにいかなる危害を加えるかも知れないし、右の対立抗争に伴う危険等が継続するので、債権者らは、債務者に対し、人格権に基づいて本件建物を一力一家の組事務所として使用することにつき差止等の仮処分命令を求める。」というのであり、これに対する債務者の主張は要するに、「債務者は一力一家の組長であり、かつ、本件建物の所有者であつて、本件建物の一部を一力一家の組事務所として使用していることは認めるが、一力一家は、強きをくじき弱きを助ける仁侠の士の集まりであつて、これまで住民らとは互いに助け合つて来たし、住民らに不安を与えるような行動は全くなかつた。債権者ら主張の一力一家の構成員による最近の不祥事は、債務者が住民らの一力一家排斥運動等に関して示談解決すべく地元自治会長と協議していた矢先に、債権者らがこれを裏切るがごとく、一力一家の本件建物使用差止を求める旨の「逆提訴」の方針を発表し、人間としての信義にもとる行為をとつたために、若い者が逆上して債権者ら主張の行為に出たものであつて、遺憾ではあるがやむを得なかつたものである。その後、債務者は、自治会と和解をしてこれを実行したのみでなく、自治会への加入も認められており、今後債権者らとも仲よく生活して行けると考えているので、債権者らの本件仮処分申請はすべて理由がない。」というのである。

二当裁判所の判断

1  本件は、債権者らが人格権に基づく救済として、本件建物の所有者である債務者に対し、当該建物所有権の行使についての一部差止請求権を被保全権利とするものであるから、人格権による差止請求の可否、その判断基準及び保全の必要性等について検討するに、何人にも生命、身体、財産等を侵されることなく平穏な日常生活を営む自由ないし権利があり、この権利等は、人間の尊厳を守るための基本的、かつ、重要不可欠な保護法益であつて、物権の場合と同様に排他性を有する固有の権利であるというべきであるから、これらの人間としての固有の権利である人格権が受忍限度を越えて違法に侵害されたり、又は侵害される恐れがある場合には、その被害者は、加害者の当該行為が外形的には権利行使の範囲内のものであつても、加害者に対し、人格権に基づいて、現に行われている侵害を排除し、又は将来の侵害を予防するため、その行為の差止、又はその原因の除去を請求することができると解するのが相当であり、特に、当該侵害行為の差止等が緊急を必要とするような場合には、仮処分によつてその目的を遂げることも許されるものと解せられる。

2  そこで、本件の事実関係について考察するに、本件疎明資料及び審尋の結果を総合すると、次の事実を一応認めることが出来る。

(一)  本件建物の位置関係及び利用状況等について

(1) 本件建物は、旧国鉄浜松駅の南西約六百メートルに位置し、近年再開発事業により新たに整備された交通至便の市街地にあつて、浜松市の中心部にも近い地理的好条件に加え、幹線道路南側の角地に建築されている中高層の建築物であることから、その周辺地域住民や通行者らの注目をひく目立つた建物であり、その周辺地は従来から一般の民家や各種の商店等が軒を並べているほか、小学校、児童公園、保育園、文化会館等多くの公共施設が点在する同市内の枢要な地域となつている。また、債権者らは、いずれも本件建物から数百メートル以内の周辺地域に居住している一般の住民であつて、本件建物が建築されるまで平穏な日常生活を送つてきたものである。他方、債務者は、昭和五九年六月ころ「國領屋成子一家」を継承して改称した「國領屋一力一家」(以下、同成子一家を含めて「一力一家」という)の七代目組長としてこれを総括主宰し、本件建物を松本孝男名義で建築して所有し、これを債務者の居宅兼一力一家の組事務所として使用しており、一力一家は、昭和五九年以降約一一〇名前後の構成員を擁し、広域暴力団と呼ばれている山口組の「若衆」として同組傘下の組織で構成する中部親睦会に加入し、中部地方における山口組の縄張りの維持・拡張につとめるなど、同組の下部組織として活動している。

(2) 本件建物の外部には、その一部の窓には鉄板製の目隠し、北側正面出入口上方の外壁に山口組を表象する「山菱」の代紋、「國領屋一力一家」と表示する金色の文字板及びテレビカメラ一台、西側の三階部分の窓際に投光機一台がそれぞれ設置されている。また、本件建物内部の一階北側には、「四代目山口組跡目相続式昭和五九年七月一〇日於鳴門」と記載された故山口組組長竹中正久を中心として整列した額縁入りの写真と、右竹中組長と債務者が同席した際の額縁入りの写真が掲示され、その上方には、モニターテレビが二台設置されて、本件建物の出入口と後記(三)の(2)記載のプレハブ監視所の状況が写し出されている。同一階西側には、山口組の代紋入りの幕が飾られ、構成員の公判予定日、月寄せ、当番員、その他組長の指示事項等を記載した予定表と山口組の当番表が掲示されている。同一階南側には、山口組の綱領・代紋の入つた額縁に故竹中正久及び故田岡一雄の写真が飾られている。同一階東側には、一力一家の構成員の各名札が掲示され、その上方に山口組の代紋入りの提灯と「國領屋一力一家」の名前入りの提灯二〇個余りが飾られているほか、一力一家の初代から七代までの組長名を刻んだ木版並びに「組長」の債務者以下、「舎弟頭」「若頭」、「本部長」、「舎弟」、「若頭補佐」等の肩書付き幹部構成員の名札や傘下団体の名札が掲示されている。そして、本件建物には、一力一家の構成員が恒常的に出入りし、当番構成員が交替で泊り込んでいるほか、毎月「月寄せ」と称する同構成員の定例会が開かれている。

(二)  一力一家の実態及び暴力団対立抗争事件の発生状況等について

(1) 昭和五七年から昭和六一年までの五年間における全犯罪検挙人員のうち、暴力団関係者は八ないし九パーセント余を占め、各年とも暴力団構成員総数の過半数(但し、のべ人数)が検挙されており、一力一家構成員の検挙件数(但し、のべ人数)は、昭和五六年度七八名(概数、以下同じ)中一七名、昭和五七年度八二名中一二名、昭和五八年度八四名中一七名、昭和五九年度一二一名中二七名、昭和六〇年度一〇九名中四六名、昭和六一年度一一三名中四一名に及んでいる。殊に、債務者が一力一家の組長となつた昭和五九年ころ以降一力一家構成員の検挙件数が著しく増加しているうえ、昭和六二年一月現在の同構成員一一〇名中、前科前歴のある者が一〇二名(九二・七パーセント)、前科三犯以上の者が六二名(五六・四パーセント)、前科五犯以上の者が四〇名(三六・四パーセント)を占め、その前科前歴は殺人、傷害、暴行、強盗、強姦、恐喝、証人威迫等の粗暴犯(なお、粗暴犯歴のある者はほぼ過半数に及んでいる。)を始め、窃盗、詐欺、覚せい剤取締法違反、賭博、売春防止法違反等各種の犯罪に及んでいる。

(2) 昭和五九年一一月から昭和六二年六月までの間、新聞に報道された暴力団抗争事件は二〇七件に達し、そのうち、短銃などの発砲によるものが約一八〇件、組事務所やその付近で発生したものが約一二〇件、その他、繁華街・飲食店・遊戯施設等一般市民の出入りする場所で発砲したり、一般市民宅を暴力関係者宅と誤まつて発砲する等した事案もあり、一般市民が巻き添えになつた事案も約三〇件に及んでいる。このうち、山口組系暴力団と一和会系暴力団との対立抗争にからむ事件は、昭和六〇年一月、当時の山口組四代目組長と幹部らが対立する一和会系の幹部によつて射殺されたことが原因となつて、全国の各組傘下の組関係者を巻き込んだ対立抗争に発展し、昭和六二年二月、山口組の幹部会において、一和会との抗争終結宣言をするまで二年余にわたつて全国各地で発砲等を伴う抗争事件が続発し、一般市民・警察官を含めて九五人の死傷者を出した。また、昭和六一年一二月から昭和六二年二月までの間に、九州一帯で発生した山口系暴力団伊豆組と九州最大の暴力団道仁会との対立抗争事件においても、各組長が警察に対して抗争終結宣言をするまで抗争が続き、発砲等により九名が死亡し、一六名が負傷した。一方、昭和五七年から昭和六一年までの間に、静岡県内山口組傘下暴力団組員の関係した対立抗争事件が一三件発生し、死者二名、負傷者一一名を出したが、中でも昭和六〇年六月、一力一家と並ぶ山口組傘下の國領屋下垂一家(本部浜松市池町)の構成員が、神戸市の一和会本部事務所に発砲し、その数日後、一和会系の構成員が右下垂一家の組事務所に対して発砲するという抗争事件が発生した。

(3) 静岡県警察本部が、昭和六〇年四月、静岡県内五四か所の暴力団組事務所について付近住民一六二〇名を対象にアンケート調査を実施したところ、その回答者一〇二〇名のうち、暴力団組事務所の存在を知つているものは約八二パーセント、暴力団の対立抗争の際に組事務所が標的とされ、発砲事件が起こると考えているものは約八三パーセント、暴力団の事務所があることによつて危険を感じているものは約七九パーセントに達している。また、同警察本部が昭和六〇年五月、県政モニター二一〇名に対してアンケート調査を実施したところ、その回答者一八九名のうち、二三・九パーセントに当たる四五名が、最近二、三年の間に自己又は知人が暴力団関係者と思われる者から、脅迫、恐喝、暴行、覚せい剤関係、詐欺等の被害を受けた旨回答している。

(三)  債権者らの住民運動について

(1) 昭和六〇年三月中旬ころ、浜松中央警察署等から地元の海老塚自治会に当時空き地となつていた本件建物所在地に一力一家の組事務所(当時浜松市鴨江三丁目に所在したもの)が進出して来るとの情報が入り、同月二九日、浜松市役所において、同自治会、浜松中央警察署、浜松市(暴力追放市民協力会)の三者による合同会議が開かれ、その対応策などが協議された。そして、債権者ら地域住民は、債務者に対し、一力一家が同市海老塚地区に進出しないように申し入れたり、右進出反対のパレード等をして進出阻止運動を展開したが、債務者は、本件建物の建築工事を強行して同年八月一五日ころまでにこれを完成させたうえ、同月一八日、敢えて本件建物内に荷物を搬入し、一力一家の組事務所としてこれを使用するに至つた。

(2) そのため、本件建物周辺地域の住民は、海老塚自治会を中心に、本件建物が、債権者ら家族の生活領域内にあることから、一力一家の構成員らが本件建物に出入りすることによつて必然的に住民と接触し、住民らが種々の紛争や対立組織との抗争事件に巻き込まれたり、子供らも悪影響を受けるなどして、債権者ら地域住民の平穏な生活が侵害される危険があるとの見地から、一力一家組員の動静を監視して右抗争等による危険を早期に察知すると共に、一力一家の組事務所の撤退を求めることとし、本件建物付近での座り込み・シュプレヒコール・暴力追放の横断幕等の掲出・商店による不売運動等を展開し、同年九月七日からは、浜松市暴力追放市民協議会が本件建物斜め北側の空地に建設したプレハブ造二階建の仮設監視所の二階において債権者ら海老塚住民が、同一階において警察官が、それぞれ本件建物及び一力一家構成員の動静監視を続け、さらに、同地域住民らのうち、三六五名が昭和六二年八月一〇日本件昭和六二年(ヨ)第一〇五号の仮処分申請に及んだ(便宜上以下、「第一次仮処分」という。なお、自治会主体の監視活動等は後記の和解(示談)の成立により同月下旬限りで中止されたが、債権者らによる監視活動等が引続き行なわれている。)。

(四)  住民の反対運動に対する一力一家側の行動等について

(1) 右の地域住民を中心とする一力一家組事務所進出阻止運動が展開されていた昭和六一年九月三〇日、一力一家の幹部組員が、当時、一力一家追放の住民運動の中心となつて活動していた海老塚自治会会長寺田政雄宅の窓ガラス等を金属パイプで打ち壊すなどの暴挙に出たほか、債務者自身も、同年一一月五日、前記住民運動によつて精神的苦痛を被つたとして、前記自治会長寺田政雄ほか八名の同自治会役員らに対し、慰謝料金一、〇〇〇万円の支払を求める旨の訴訟(当庁昭和六一年(ワ)第三七二号事件)を提起した。

(2) そこで、同訴訟の被告ら訴訟代理人であつた三井義廣(本件債権者代理人)弁護士らが中心となつて、住民側から債務者に対し、「一力一家の組事務所使用差止を求める訴訟」(以下、便宜上「逆提訴」という)を提起する方針を立て、報道関係者らにその旨公表するなどした結果、昭和六二年六月一三日、これが大きく報道されるに及んで、同日以降一力一家の幹部組員らによる次のような反撃行為が次々に敢行された。

(ア) 昭和六二年六月一三日、債務者は、本件建物北側出入口上方の外壁に山口組を表象する山菱のいわゆる代紋と「國領屋一力一家」と表示する金色の文字板を設置し、本件建物を一力一家の組事務所として引続き使用する意思を一層明確にした。

(イ) 同月一八日午後一〇時ころ、一力一家の構成員一〇名が、本件建物付近の浜松市海老塚二丁目七番二号先路上において、監視活動を終えて帰宅しようとした住民七名を取り囲んで、通行を妨害するなどの嫌がらせをした。

(ウ) 同月二〇日、一力一家の幹部組員が、住民運動のリーダーで暴力追放推進委員の債権者水野栄市郎宅(浜松市海老塚二丁目)を襲撃し、同人宅前に駐車中の自動車の窓ガラス、同人宅出入口引戸のガラスや門灯等を金属バットで次々に破壊しながら、「水野出てこい。この野郎ぶつ殺すぞ。いつまでもこんな運動しやがつて。俺は逃げも隠れもせん。一、二年刑務所に入ることぐらい覚悟している。」等と怒鳴り散らすなどした。

(エ) 前同日、浜松市佐鳴台一丁目所在の喫茶店「ホワイトヒル」二階ミーティングルームにおいて、前記弁護団長の三井義廣弁護士が、突然同部屋に侵入してきた一力一家の幹部組員によつて背後から右後胸部を刃物で刺され、全治三週間の傷害を負つた。

(五)  海老塚自治会と債務者側との和解交渉及びその後の状況等について

(1) 前記慰謝料請求事件について審理が続いていたところ、海老塚自治会(会長寺田政雄)と債務者は、代理人の弁護士らに何らの相談等をすることなく、直接に示談交渉を重ね、本件第一次仮処分申請後の昭和六二年八月二五日ころ、右両者間に、同自治会が本件建物の監視活動及び不売運動を同月末日ころまでに中止すること、債務者が、前記寺田会長らに対する慰謝料請求訴訟を取り下げること(ちなみに、昭和六二年八月二四日付で訴えの取下げ又は請求の放棄によつて同訴訟は終局した。)、町民に迷惑をかけないことを書面で誓約すること、本件建物の出入口を裏側に移し、山口組の代紋を道路側から殆んど見えなくなるように配慮すること、本件建物の外壁を明るい色彩に塗り変えること(同年九月二日までに白色に塗り変えられた。)を主な内容とする示談(和解)を成立させ、同日ころ、債務者ほか幹部組員四名の連名で、「今後、組員一同自粛して地域住民らに迷惑をかけないことを誓約する。」旨の誓約書を同自治会長に差し出した。そして、同自治会長は、同月二九日、浜松市側に対し、債務者との間に右の和解が成立し、同自治会としての監視活動を中止することになつた旨報告する一方、前記の横断幕の撤去等を提案し、さらに、同月三一日付けの文書を作成して右和解内容を各戸に報告した。

(2) ところが、同年九月一日、右の誓約書に署名・押印した一力一家の幹部である「若頭」が、構成員一二名余りを引き連れて前記プレハブ監視所に押しかけ、警察官の待機する目前で、第一次仮処分の中心となつて鋭意反対活動をしている債権者の豊田時嗣を呼び出し、同人に「自治会が和解したのに、おまえらはやつている。おまえらは自治会の跳上がり者だ。こちらも中には跳上がり者が沢山いるから覚えておけ。」等と申し向け、報道関係者らに対しても「好き勝手なことを書くなよ。いい気になるなよ。おまえ達がやるならやれ。その代わり俺達もやるぞ。そのときは、おまえ達のようなやり方ではないぞ。懲役に行く覚悟をすれば何でもできる。」等と申し向けて、脅迫的な言動を示す等した。

(3) 右の自治会執行部と一力一家側の動きに対し、債権者らの一部の者が、同年九月五日、「横断幕を自治会及び同会長が撤去することは越権行為であり、撤去した場合には断固たる処置を取る。」旨の抗議文を作成して右寺田自治会長に送付し、また、翌六日には、債権者らが、海老塚地区の他の住民らに対して、「前記和解は、当初和解をする場合の前提としていた、本件建物の組事務所としての使用を禁止することについて全く触れていないし、和解案の内容については、その都度、事前に住民らと協議するとされていた手続が履践されておらず、地域住民全体の意見を反映していないものであるから、一力一家の追放という当初の目的にしたがつて、今後も監視活動や不売運動を継続して行く。」旨の文書を地域住民の各戸に配付して協力を求めると共に、住民運動の一環として監視活動等を従前通り継続することを明らかにした。そして、同月七日には、債権者一五〇名が第一次仮処分と同趣旨の昭和六二年(ヨ)第一一六号の本件仮処分申請(以下、「第二次仮処分」という)をしたほか、同月一六日までに二四名の海老塚住民が本件各仮処分申請に同調して、債権者ら代理人に訴訟委任状を交付した。

(4) なお、この間、債務者は、同年六月ころ、妻の名義で海老塚自治会に入会していたことが、同年九月九日に至つて明らかになつた。

以上の事実が一応認められ、この右認定を妨げるに足りる疎明資料はない。

3  前記事実関係を前提として、債権者らの本件被保全権利の存否等につき、さらに考察する。

(一)  まず、債務者が組長として主宰する一力一家は、広域暴力団と呼ばれる山口組傘下の地方組織であつて、その組織目的が定かでないばかりでなく、その構成員(組員)は幹部及び一般組員とも犯罪的傾向の強いものが過半数を占め、本件住民らの反対運動に対し、現に暴力等の犯罪行為を頻発した実態等に徴し、ときには一般住民らの自由や権利等を無視し、暴力等の不法な手段で私的な目的を達成しようとする反社会的傾向の強い組織体として、いわゆる暴力団であるとみられてもやむを得ないものといわねばならない。しかも、一力一家の右傾向は、組長である債務者の指揮監督等によつて、これを改善することは困難であるから、一力一家が現状のまま、その周辺地域の住民らと円滑に共存し得るものとは到底認められない。

(二)  そのため、本件建物の周辺地域に居住する一般住民である債権者らとしては、本件建物が単に債務者及びその家族らの住居や店舗として使用されるのではなく、一力一家の組事務所として公然と使用される限り、その構成員らの犯罪行為や他の暴力団との対立抗争等によつて、何時いかなる危害を加えられるかも知れない危険や不安に怯やかされることになり、その危険や不安から脱却して平穏な生活を続けることは不可能であるから、債務者が本件建物の所有者であるからとはいえ、これを一力一家の事務所として公然と使用することは、債権者らの人格権を侵すことになるばかりでなく、これが債権者らの受忍限度を越えて違法に侵害されたり、又は侵害される恐れがあるといわねばならないし、債権者らにおいて右の危険や不安を甘受しなければならない合理的理由を見出すことは困難であり、その危険や不安を早急に除去すべき緊急の必要に迫られていることも明白である。したがつて、債権者らが債務者に対し、本件建物周辺、地域の住民として現に行つている反対運動はもとより正当であるといわねばならない。

(三)  そうとすれば、債権者らは、債務者に対し、人格権に基づいて本件建物を一力一家の組事務所として使用することの差止を請求し得る本件の被保全権利があり、かつ、その緊急性も一応認められるところ、本件仮処分による双方の利害得失等を比較衡量し、かつ、債権者側の具体的な保全の必要性を詳さに検討すると、本件仮処分申請の趣旨のうち、第一の1の本件建物外壁に設置した「國領屋一力一家」と表示する文字板及び山口組を表象する紋章を撤去すること、第二の1の債務者が、本件建物外壁に山口組又は一力一家を表象する文字板、紋章及び看板を設置すること、同5の本件建物内において一力一家の定例会を行うこと、同6の本件建物内に一力一家の構成員を集合させること等により本件建物を一力一家の組事務所として使用してはならないとする部分については、いずれも本件建物を一力一家の組事務所として使用する場合の最も重要な要素であつて、債権者ら住民に及ぼす危険感や不安感が強く、かつ、外部から容易に現認し、又は看取し得るものであるから保全の必要性を一応肯認することができる。しかし、その余の申請の趣旨のうち、本件建物内に掲示された「一力一家歴代組長・幹部及び構成員の名札、一力一家及び同一家傘下団体の名札、國領屋一力一家との名称入り又は山口組を表象する紋章入りの提灯、山口組綱領、同組を表象する紋章入りの幕並びに同組三代目組長故田岡一雄及び四代目組長故竹中正久の写真」の各撤去及び掲示の禁止等を求める部分(第一の2、第二の2)並びに本件建物内に山口組又は一力一家を表象するその他の物件を掲示することの禁止を求める部分(第二の2)及び本件建物内に当番構成員を置くこと(第二の7)については、いずれも通常外部から看取できないものであるから、債権者ら住民に及ぼす危険感や不安感も低いこと、本件建物に設置された窓部分の鉄板製の目隠し、投光機、テレビカメラの撤去及び設置の禁止を求める部分(第一の3、第二の3及び4)については、いずれも一般に取付けの自由なものであり、単に設置されたのみで債権者らに危険感や不安感をもたらすものとは考え難いことに照らし、いずれも保全の必要性を認めることは困難である。さらに、債務者に対する不作為命令について公示を求める部分(第三)については、その性質上、保全の必要性があるものとは認められない。

(四)  なお、債務者は、一力一家の構成員による最近の「反撃行為」は、債権者ら住民側の信義にもとる行為に触発されたもので、その帰責原因は債権者らの側にあるとか、債務者と海老塚自治会との間に和解が成立しており、さらには、債務者の妻の名義で自治会に加入し、債権者らと同一自治会の会員になつたこと等を根拠に、本件仮処分申請は理由がない旨主張するが、債権者ら前記住民運動はもとより正当であるばかりでなく、債権者らは、債務者に対し、本件建物を一力一家の組事務所として使用することについての差止めを求めているのであるから、債務者が地元自治会との間で右の点以外の事項について和解を成立させ、また、本件建物に居住する住民として自治会に加入したとしても、本件建物が一力一家の組事務所として使用される限り、前記債権者らの危険感や不安感には何等の変わりもなく、債権者らの本件被保全権利及び保全の必要性に何らの消長を来たすものではないから、右の主張は、いずれも採用できない。

三結び

以上の次第により、債権者らの本件仮処分申請は、主文第一、二項掲記の限度において理由があるので、保証を立てさせないで、これを正当として認容し、その余の部分については、保全の必要性がないのでこれを失当として却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官川瀬勝一 裁判官安倍晴彦 裁判官市村 弘)

別紙当事者目録

債   権   者 豊 田 時 嗣

外四九六名

昭和六二年(ヨ)第一〇五号、

同第一一六号、各事件

債権者ら訴訟代理人弁護士

宮 崎 乾 朗  篠 崎 芳 明

村 橋 泰 志  山 田 勘太郎

田 中 清 隆  伊 藤 邦 彦

宇 都 木 寧  江 尻 泰 介

大 山 泰 生  加 藤 洋 一

纐 纈 和 義  坂 口 良 行

住 田 正 夫  中 根 克 弘

橋 詰 洋 三  藤 田   哲

三 宅 信 幸  安 井 信 久

山 田   博  山 田 幸 彦

湯 木 邦 男  山 岡 正 明

石 原 栄 一  岩 崎 茂 雄

森 田   均  高 橋 盾 生

上 野   猛  松 本 速 雄

今 井 孝 一  池 末 登志博

坂 本   隆  山 田   齊

吉 田   康  三 善 勝 哉

三 井 義 廣  荒 川 昇 二

石 塚   伸  片 桐 一 成

鈴 木   博  渥 美 利 之

佐々木 成 明  鈴 木 孝 裕

辻   慶 典  熊 田 俊 博

渡 辺   昭  中 嶋 練太郎

竹 山 定 志  長 野 哲 久

岩 本 充 司  小 高 譲 二

酒 井 英 人  浦 野 信一郎

杉 本 喜三郎  室 野 克 昌

坂 部 利 夫  福 地 明 人

福 地 絵 子  鈴 木   徹

小 川 良 昭  土 井 千之介

三 輪 泰 二  後 藤 正 治

伊 藤 哲 夫  林   範 夫

冨 山 喜久雄  南   政 雄

大 澤 恒 夫  岡 本 義 弘

大 口 善 徳  杉 山 繁二郎

齋 藤 安 彦  久保田 治 盈

清 水 光 康  小 倉   博

白 井 幸 一  荒 巻 郁 雄

藤 森 克 美  小 野 森 男

青 島 伸 雄  高 山 幸 夫

佐 藤   久  大 橋 昭 夫

土 屋 連 秀  栗 原 孝 和

阿 部 浩 基  渡 邊 高 秀

小 林 達 美  本 杉 隆 利

沢 口 嘉代子  河 村 正 史

加 藤 静 富  立 石 勝 広

西 尾 和 広  佐 長 彰 一

平 井 博 也  鬼 追 明 夫

寺 田 武 彦  藤 本   昭

大 室 俊 三  山 本 正 士

山 内 道 生  吉 岡 一 彦

宗 藤 泰 而  北 川 恒 久

福 川 律 美  佐 藤 正 明

磯 部 憲 次  内 川 昭 司

石 塚   尚  藤 田 雅 弘

黒 柳 安 生  渡 辺 正 臣

鍛 冶   勉  松 下 祐 典

岩 原 武 司  狐 塚 鉄 世

杉 田 雅 彦  浅 野 正 久

中 村 光 央  牧 田 静 二

榊   一 夫  岩 崎   修

昭和六二年(ヨ)第一一六号事件

債権者ら訴訟代理人弁護士

名 倉 実 徳  田 代 博 之

奥 野 兼 宏  倉 田 雅 年

新 里 秀 範  増 田   暁

伊 藤 博 史  興 津 哲 雄

小長井 良 浩  小 川 秀 世

伊 藤 喜代次  本 野   仁

秋 山 和 幸

昭和六二年(ヨ)第一〇五号、

同(ヨ)第一一六号各事件

債   務   者 青 野 哲 也

右債務者訴訟代理人弁護士 竹 下   甫

別紙物件目録〈省略〉

別紙不動産仮処分命令申請書

〔申請の趣旨〕

一、債務者は、債権者らのために、別紙物件目録記載の建物(以下、「本件建物」という)につき、左記物件を撤去せよ。

1 本件建物外壁に設置した「國領屋一力一家」との文字板及び山口組を表象する紋章

2 本件建物内に掲示された、國領屋一力一家(以下、「一力一家」という)歴代組長・幹部及び組員の名札、一力一家及び同一家傘下団体の名札、「國領屋一力一家」との名称入り又は山口組を表象する紋章入りの提灯、山口組綱領、同組を表象する紋章、同組紋章入りの幕並びに同組三代目組長故田岡一雄及び四代目組長故竹中正久の写真

3 本件建物に設置された鉄板製目隠し、投光機及びテレビカメラ

二、債務者は、債権者らのために、本件建物につき、左記行為をする等して、一力一家の事務所として使用してはならない。

1 本件建物外壁に一力一家又は山口組を表象する紋章、文字板及び看板を設置すること

2 本件建物内に山口組綱領、同組歴代組長の写真、一力一家歴代組長・幹部及び組員の名札、同一家及び傘下団体の名札、一力一家又は山口組を表象する紋章・提灯その他の物件を掲示すること

3 本件建物の窓に鉄板製の目隠しを設置すること

4 本件建物に投光機、テレビカメラを設置すること

5 本件建物内において定例会を行うこと

6 本件建物内に一力一家組員を結集させること

7 本件建物内に当番組員を置くこと

三、執行官は、前項記載の趣旨を適当な方法で公示しなければならない

との裁判を求める。

〔申請の理由〕

(被保全権利の存在)

第一、当事者

債務者は、暴力団國領屋一力一家(以下、「一力一家」という)の組長として同一家を主宰する者であり、浜松市海老塚二丁目一一三番地一四所在の別紙物件目録記載の建物(以下、「本件建物」という)を同一家の本部事務所として使用している者である。

そして、債権者らは、いずれも本件建物の周辺に位置する肩書地に現に居住し、あるいは営業するなどして平穏な生活を営んできた住民であり、本件建物との位置関係は、別紙「債権者所在地図」(甲第八号証の一)及び同「債権者所在ブロック図」(甲第九号証の一)各表示のとおりである。

第二、住民運動

一、一力一家

債務者が主宰する一力一家は我国最大の広域暴力団である山口組直系の暴力団であり、その概貌は次のとおりである。

1 一力一家の人的組織

一力一家は、昭和六二年一月現在、構成員約一一〇人からなり暴力団の構成員数では、県下では二番目、県西部では最大の組織である。

また、同一家は、債務者自身が組織する青野組の外、鴻池興業、早川組をはじめとする一〇の傘下暴力団で構成される連合体である。

2 一力一家の沿革

一力一家は、その正式名称を「國領屋一力一家」といい、その「國領屋」なる名称は、安政四年大谷亀次郎(通称亀吉)なる者が博徒を結集して、浜松市伝馬町に一家を構え國領屋亀吉を名乗つたことに由来する。

その後、明治一七年ころ、國領屋一家はその縄張りを三区分して、浜松の中央部を國領屋鍛冶町一家が、北部を同下垂一家が、南部を同成子一家がそれぞれ取り仕切り、以後この三派が鼎立して代々跡目を継ぎ現在に至つている。

一力一家は、債務者が、昭和五九年六月一八日、右成子一家が継承し同家七代目を襲名した際、改称したものである。

3 一力一家と山口組の関係〈略〉

4 犯罪とのかかわり〈略〉

5 以上要するに、債務者が組長として主宰する一力一家とは、暴力団そのものであり、犯罪行為を常習とし、時には殺人さえも犯しかねない反社会的犯罪者集団であり、その存在自体も社会的に是認されるものではない。

二、一力一家の本部事務所の存在

債務者が一力一家の本部事務所として使用している本件建物は、商店、住宅等が多数存在する浜松市の中心部に位置し、建物の構造も、その使用態様も暴力団事務所そのものである。その詳細は次の通りである。

1 本部事務所建物の位置、周囲の状況〈略〉

2 本件建物の構造〈略〉

3 本件建物の使用態様

(一) 物理的側面における使用態様

本件建物の正面外壁には、山口組のいわゆる山菱の代紋が掲出され、その下には「國領屋一力一家」の文字板が設置されて、その勢力を誇示し、住民を威嚇している。また、本件建物外壁の各所には投光機、玄関入口には暴力団事務所によく見られる監視カメラがそれぞれ設置され、対立抗争、警察の捜索に備えて絶えず周囲の状況に気を配つている(甲第一二号証)。

さらに、本件建物の内部には、右山菱の代紋や「國領屋一力一家」と染めぬかれた提灯が多数飾られ、暴力団特有の序列を表す「組長」「舎弟頭」「若頭」「本部長」「舎弟」「若頭補佐」等の肩書の下、債務者青野以下組員の名札、歴代組長・傘下団体の名札等が掲げられている。

その他、額縁に入れられた前記山口組の代紋や綱領、山口組三代目組長故田岡一雄、四代目組長故竹中正久等の写真も飾られ、神棚には山口組の代紋を染めぬいた幕が掲げられるなど山口組に対する忠節を示すとともに、組織内の団結を図つている。

(二) 機能的側面における使用態様

本件建物は、一力一家の本部事務所であり、従つて、一力一家の拠点として組織の指揮命令・連絡機構の中枢である。そして同建物には、多数の組員が日常的に出入りし、また、いわゆる当番組員が交替で泊まり込み、電話あるいは口頭により、組員相互の連絡を取り合つている。さらに、債務者以下幹部組員により月寄せと称する会合等の定例会を開くなどして、資金源確保のための違法、反社会的行為の実行につき謀議をめぐらし、あるいは警察及び対立暴力団に関する情報の収集、これに対する指揮の伝達にあたつている。また、本件建物は、親子・兄弟等の暴力団特有の儀式の場でもある。

そのほか、本件建物は、いわゆる上納金の納入場所であり、上部団体である山口組本部、友誼団体及び配下組織との連絡調整の場であり、かような団体との破門状等文書授受の場である。

(三) 以上要するに、本件建物は、物理的にも機能的にも暴力団の本部事務所そのものである。

三、暴力団事務所の存在がその周辺住民に及ぼす危険性

暴力団の本部事務所の存在は、その周辺に現に居住する債権者ら住民に次のような脅威、危険をもたらすものである。

1 抗争事件の発生

2 犯罪の実行場所としての使用〈略〉

3 多数の暴力団関係者の出入り〈略〉

4 青少年に与える悪影響〈略〉

四、債権者らの住民運動

暴力団事務所はその周辺住民にとつて危険と不安そのものを抱えるに等しい存在であるのに、債権者らはその生活の本拠である海老塚の地に、一力一家の本部事務所が移転してくるという事態に直面することとなつてしまつたのである。

そこで、債権者らを中心とする海老塚地区住民は、まさに必死の思いで同事務所移転反対の住民運動を展開するに至つた。

その住民運動の経緯は次のとおりである。

五、全国の暴力追放運動〈略〉

第三、債務者側の住民運動に対する反撃

一力一家は、債権者ら海老塚地区住民による一力一家事務所移転反対運動(以下、「暴追運動」という)に対し、次のような一連の反撃を行い、その反撃は、今後さらに拡大する状況にある。

1 海老塚自治会長寺田政雄への襲撃

2 慰謝料請求訴訟の提起〈略〉

3 交通安全パレード参加者への脅迫〈略〉

4 公然たる山口組代紋と一力一家組事務所表示の設置〈略〉

5 暴追運動参加者への脅迫〈略〉

6 暴力追放推進員水野栄市郎宅襲撃事件〈略〉

7 三井義廣弁護団長刺傷事件〈略〉

8 子供の誘拐予告〈略〉

第四、暴力団事務所として利用されていることによる不利益

一、営業上の不利益

本件建物が暴力団事務所として利用されることにより周辺で商売を営む住民は営業上多大の損失を被つている。

本件建物の近くで商売を営むある主人は、次のように言う。

「一力一家が移転してくる前は、県道が拡張され人通りも多くなつたことから、遠くから車で来て一時停止して立ち寄つてくれるお客さんも増えたし、希望ある生活を送つていました。

ところが、一力一家が移転して来てからは、県道を歩く人も少なくなり、これまで遠くから来てくれていたお客さんも少なくなりました。お客さんによれば、店の前に車を停めておくと暴力団と接触し、どんないいがかりをつけられるかも知れないから恐ろしいというのです。私の店の売上も二割以上少なくなつてしまいました。

ブラックビルの近くに店を構えていたモータープールも暴力団と他のお客の紛争が生じる可能性があつたため閉鎖しました。」

二、平穏な生活に対する侵害

債務者の主宰する一力一家が暴力団そのものであり、反社会的常習的犯罪者集団であること、債務者が本件建物を物理的にも機能的にも暴力団の本部事務所として使用していることは明白である。そして、本件建物が暴力団の本部事務所として使用されている結果、暴力団には宿命的ともいえる抗争事件の際には第一次的攻撃目標となり、債権者ら周辺住民がその巻き添えとなつたり、敵対する暴力団組員と間違われて襲撃される蓋然性は極めて高い。そのため、債権者らは、日々、私生活上、社会生活上の不安感、危険感を抱くことを強いられている。

本件建物の近隣で商売を営むある住民はその不安を次のように訴える。

「ブラックビルに対して暴力団の抗争事件が発生すれば、私の店は真つ先にその影響を受けるでしよう。それを思うと恐ろしくて店にいることが不安でたまりません。

一力一家は、今、代紋を掲げ、これからも一力一家の本部として使用するんだぞと居直つているようです。ビルの窓という窓には、鉄板を張り、ビデオカメラも設置し、いつ抗争があつてもいいぞと言わんばかりです。私はブラックビルの様子を見ない日はありません。もし、今日でも抗争事件が始まれば、私の店も攻撃のあおりをうけ、流れ玉が飛び込んで来る危険にさらされています。」

また、本件建物には日常的に一見して暴力団員とわかる容姿、態度の同一家組員ないし暴力団関係者が付近住民を鋭い眼光でにらみ、威圧しながら出入りあるいは集結し、その数は組員だけでも一一〇人という多数にのぼる。しかもその九二・七パーセントの者が前科前歴を有する極めて犯罪化の進んだ者たちばかりである。〈中略〉

以上の事実に示されるとおり、債権者ら本件建物の周辺住民は、日常的、恒常的に耐え難き精神的脅威、不安にさらされており、しかも、その脅威、不安は自己及びその家族の生命身体に対するものまでも含む事態となつているのであつて、右使用による債権者らの精神的自由、生活上の平穏に対する侵害は、極めて深刻である。

第五、暴追運動の正当性

暴力団は、どのような弁解があろうとも反社会的な無法集団であり、その存在は否定されるべきである。そして近時の暴力団抗争事件などの多発状況からして、暴力団事務所の周辺居住者などが、自らの居住する地域から暴力団事務所を他に移転させるべく結束し、暴追運動を行うことはもとより正当であり、その運動が社会的に意義を有するものであることは、既に各地において、多くの暴力団事務所追放の成果が上がつていることからも明白である。

第六、一力一家の特異な反撃行為

本件建物に対する暴追運動とこれに伴う一連の経緯は既に述べたとおりである。一力一家の一連の反撃行為は全国的に類例の無い異常な行為というべきである。

即ち、一力一家は本件の暴追運動に対してまずリーダーたる自治会長宅への直接的襲撃を実行したのである。全国の暴追運動において、暴力団が住民に対して直接的に暴力行為に及んだ例は殆どない。この点において一力一家の反撃行為の特異性が際立つているのである。しかし、この反撃が暴追運動に対して結局なんらの効果も無く、却つて、同運動を煽りたてる結果となつたことから、一力一家は、これも全国に類例の無い暴追運動リーダーらに対する民事訴訟を提起する挙に出たのである。この戦術も、結果的に暴追運動を沈静化させることが出来なかつたばかりか、全国的に海老塚地区における暴追運動の名を高らしめる結果を招来したにすぎなかつた。そして、右請求事件の被告弁護団がいわゆる「逆提訴」の提起を行う旨発表するや一力一家は、既に述べたとおり公然としかも挑戦的に本件建物を暴力団組事務所として、使用を開始したばかりか、善良かつ無防備な住民に対して直接的な暴力行使を決行したのである。しかも、あろうことか法的手続による平穏かつ適正な暴追運動を指導した弁護士に対して刃物による襲撃を決行し、子供達の誘拐すら予告しているのである。

本件の暴追運動に対する一力一家の反応は常軌を逸しているばかりか益々エスカレートしており、このままの状況が続くときは、本件建物周辺住民らに対していかなる危害をも加えかねない異様な状況を作り出しているのである。

このような異常な状況に対して、地元警察は暴追運動リーダー及び同弁護団員らに対して特別の警護を継続している他に、常時パトカーや警察官などにより本件建物を監視し、不測の事態の発生がないよう懸命の努力を続けている。

海老塚地区の平穏な生活環境は誠に残念ながら警察力によつてかろうじて維持されているといつて過言でない。

ちなみに、本件仮処分申請は地元新聞その他のマスコミにより、このところ連日報道されているが、一力一家幹部は去る八月八日新聞などによつて知つたとして、本件弁護団長に対して本件弁護団が一力一家と周辺住民との円満な話し合い解決を妨害していることは許しがたい、直ちに本件から手を引けと語気鋭くかつ大声で迫つた経緯がある。同人らの交渉態度は到底紳士的とはいえず、暴力や暴力を背景とする脅しというべきものであつた。

第七、差止請求権について

本件建物周辺に居住し或いは営業をしている住民である債権者らは本件建物が一力一家の本部組事務所として使用されていることから多くの危険と不安と損失を受けているものである。債権者らはいつあるかわからぬ一力一家の襲撃に毎日怯えて生活しているのであり、法治国家としてありうべからざる状況のもとにその生活を余儀無くされている。このような状況のもとにおいては、本件債権者らは人間として当然に有すべき固有の権利たる人格権に基づき一力一家の主宰者たる債務者に対し本件建物を暴力団組事務所として使用することの差止を請求できる法律上の権利を有するというべきである。

第八、本件差止によつて被る債務者の不利益

1 本件差止請求は債務者が本件建物を住居などの正当な用途に使用することまでの禁止を求めるものではなく、もとよりその明渡しを求めたり、その処分権限を奪おうとするものではない。本件建物を「暴力団事務所」として使用することのみの禁止を求めるに過ぎないものである。

2 本件差止により債務者が被る不利益があるとすれば、それは本件建物を暴力団の事務所として使用することが出来ないというものである。

しかしながら、暴力団が反社会性を有する無法集団であることは既に述べたとおりであり、このような集団が不法且つ無法な目的で本件建物の使用をすることが出来ないという不利益があるとしても、その不利益は法的保護の埒外にあり、住民の平穏かつ安全な生活という法的利益との比較において当然にその不利益を甘受すべきというべきである。要するに債務者は本件建物を法律上許される正当な目的のために使用し、そして収益を図るべきである。

(保全の必要性)

第九、保全の必要性

一、被保全権利の部分で詳述したように、債権者らは債務者に対して本件建物を暴力団組事務所として使用することの差止を請求することの出来る正当な権原を有することは明白である。

そこで、債権者らは債務者を被告として本件仮処分命令申請の趣旨と同様の判決を求めて本訴を提起すべく準備中であるが、右の本案訴訟の終結までには相当長期間を要することは公知である。

しかしながら、債権者らは右本案判決確定までの間、現在の既に述べた緊迫した状況のもとで漫然と耐えることは以下に述べる理由から不可能であり、相当でない。

二、一力一家は本件債権者らによる一連の暴追運動により経済的にもその他の意味においても極めて追い詰められた状況にある。このことは本件の暴追運動に対する一力一家の対応の異常さとそのエスカレート振りから明らかというべきである。

債権者らは今後とも裁判外において本件建物の使用差止を求める暴追運動を展開していく強い決意を有しており、この暴追運動に対して一力一家が従来よりも一層過激な反発をするであろうことは容易に想像できるところである。

一力一家の反撃により今後万一にも暴追運動参加者に死傷者が出るときはまさに回復することの不可能な事態となるのである。かかる危険は何としても取り除くべきである。本件仮処分申請における保全の必要性はまずこの点にあるというべきである。

三、住民は一力一家にいつ因縁をつけられ或いはいつ暴力的加害を受けるか毎日不安におののいて生活している。このような生活上の不安或いは精神的動揺は直ちに取り除かれなければならない。これが本件仮処分申請の保全の必要性の第二の理由である。

四、本件建物の近隣で営業している者は、この暴追運動が一年以上続いていることから既に多額の経済的損失を被つている。この上長期化が予想される本案訴訟の終結まで、現状のまま、この場所において営業を続けなければならないとすれば、その被る損害はますます増大することとなり、到底認容しがたい損失を甘受しなければならないこととなる。

五、現在の本件建物周辺の状況は法の理想とする秩序ある社会から極めて遠いものであり、いわば法の威信が暴力団の無法な行為により大きく傷つけられた状況にあるというべきである。このような異常な状況は法の威信と力により直ちに排除されなければならない。

六、最後に、本仮処分の申請をするにあたつて、本件建物の近くに住むある住民の切なる願いの言葉を記す。

「自治会から原告になるか否かのアンケートをもらつたのですが、正直言つて私はなかなか決心がつきませんでした。もし私の住所、氏名がわかりますと、これ以上どういう危害が加えられるかわからないからです。

しかし、今立ち上がらないとどこにいつても暴力に目をつぶる人間になつてしまうような気がしました。

そこで必死な思いで原告になることを決心しました。

私はどうなつてもいいのですが、家族にだけは危害が及ばないように今は祈るばかりです。どうか一刻も早く私達を助けて下さい。」

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